ナンシー久美とダンプ松本の絆|全女黄金期の激闘と因縁の真相
昭和の日本中を熱狂の渦に巻き込んだ全日本女子プロレス(全女)。動画配信ドラマ『極悪女王』の世界的な大ヒットを機に、当時マット界を彩った女子プロレスラーたちの軌跡があらためて脚光を浴びています。その中でも、元祖アイドルレスラーとして絶大な人気を誇ったナンシー久美さんと、日本中から憎まれるヒールとして時代を創ったダンプ松本さんの関係性に強い関心が寄せられています。
リング上では華やかなベビーフェイスと冷酷非情な悪役という対極の立場にあった二人ですが、その舞台裏にはどのようなドラマや人間模様が存在していたのでしょうか。本稿では、当時の対戦やエピソード、過酷な全女黄金期における因縁の真相から2026年現在の交流まで、知られざる事実を徹底取材と記録をもとに紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ナンシー久美とダンプ松本は全女の先輩・後輩であり、リング上の敵対関係を超えた深い信頼と絆で結ばれていた。
- 要点2:アイドルタッグ「ゴールデン・ペア」として活躍したナンシー久美の背中を見て、若き日の松本香(ダンプ松本)はプロ魂を学んだ。
- 要点3:現在も互いをリスペクトし合う盟友であり、昭和女子プロレスの生き証人として後世にその魅力を伝えている。
【知られざる関係】先輩・ナンシー久美と後輩・ダンプ松本を結ぶ師弟のような絆

女子プロレスの歴史において、ナンシー久美さんとダンプ松本さんの関係は「美しきトップランナーと、その背中を追った後輩」という構図から始まります。1976年に全日本女子プロレスへ入門したナンシー久美さんは、空手仕込みの鋭い蹴り技と端正なルックスで瞬く間にトップ戦線へ駆け上がりました。一方、ダンプ松本(本名:松本香)さんのデビューは1980年。ナンシー久美さんは4年先輩にあたる絶対的なスターでした。
当時の全女は徹底した縦社会であり、合宿所生活や巡業バスの中では厳しい上下関係が存在していました。理不尽なシゴキや過酷な環境に耐えかねて脱落する新人が後を絶たない中、ナンシー久美さんは後輩に対して理不尽に威張り散らすことなく、技術と礼節をもって接する数少ない先輩の一人として知られていました。ダンプ松本さんも当時を振り返り、優しさと厳しさを兼ね備えていたナンシー久美さんに強い敬意を抱いていたことを明かしています。
【全女黄金期のエピソード】「ゴールデン・ペア」の熱狂と若き日の松本香

1970年代後半、ビューティ・ペア(ジャッキー佐藤・マキ上田)が巻き起こした空前の女子プロレスブームを引き継ぐ形で結成されたのが、ナンシー久美さんとビクトリア富士美さんによるタッグチーム「ゴールデン・ペア」です。レコードデビューを果たし、試合会場には黄色い声援が飛び交うなど、彼女たちはまさに時代のアイコンでした。
ダンプ松本さんが前座で苦闘していた頃、メインイベントで輝いていたのがこのゴールデン・ペアでした。当時の全女黄金期エピソードとして有名なのが、リング設営から先輩の身の回りの世話までをこなす下積み時代の過酷さです。松本香時代のダンプさんは、華やかなスポットライトを浴びるナンシー久美さんらの試合をリングサイドで見つめながら、プロとしての魅せ方や観客の感情を揺さぶる術を徹底的に吸収していきました。
【リング上の激闘と対戦成績】極悪化前夜のぶつかり合いと因縁の真相

ダンプ松本さんが「極悪同盟」を結成して日本中を震撼させる本格的なブレイクを迎える直前、二人はリング上で幾度となく刃を交えています。当時の対戦成績を振り返ると、シングル戦やタッグマッチにおいて、百戦錬磨のナンシー久美さんが若手時代の松本香さんを技術で圧倒する展開が多く見られました。
しかし、松本香さんが持ち前のパワーと泥臭いファイトスタイルを前面に押し出すようになると、試合の様相は一変します。凶器攻撃や反則を辞さないヒールスタイルへの変貌過程において、正統派テクニシャンであるナンシー久美さんとの攻防は、観客に強烈なコントラストを印象づけました。
一部のファンの間では「二人の間に個人的な確執や不仲があったのではないか」という噂も囁かれましたが、これは女子プロレスにおける因縁の真相を深掘りすれば誤解であることが分かります。リング上で繰り広げられた壮絶な流血戦や激しい罵り合いは、プロとして観客を熱狂させるための極限の表現であり、リングを降りれば固い信頼関係に基づいた仕事仲間でした。
【ナンシー久美の引退理由とプロフィール】年齢・本名から紐解くレジェンドの軌跡
ナンシー久美さんの基本情報とキャリアの節目となった引退の経緯について整理します。
ナンシー久美さんの本名は金子久美子(かねこ くみこ)さん。1960年12月30日生まれで、2026年現在の年齢は65歳を迎えています。全日本女子プロレスの黄金期を支えた看板レスラーの一人です。
彼女が最初の引退を決断したのは1983年、22歳の時でした。当時、全日本女子プロレスには暗黙のルールとして「25歳定年制」が存在し、さらに過酷な年間数百試合に及ぶ過密日程による腰や膝の怪我、肉体の限界がナンシー久美さんの引退理由となりました。短くも圧倒的な輝きを放った現役生活は、多くのファンの心に鮮烈な記憶として刻まれています。
【2026年現在の二人】時を超えて語り合う全女の記憶と交友関係
現役引退から長い年月が経過した現在、二人の関係はどのようなものになっているのでしょうか。ナンシー久美さんは引退後、実業家や指導者としての道を歩みつつ、プロレス関連のイベントやメディアにも顔を見せています。一方のダンプ松本さんもタレント・レスラーとして精力的に活動を続けています。
近年では、OGが集う同窓会イベントやYouTubeチャンネルの対談企画などで笑顔で並び立つ姿が見られます。命がけでマットに上がっていた青春時代を共有する戦友として、当時の過酷だった全女の裏話や巡業での思い出話を気兼ねなく笑い合える関係性は、往年のファンにとっても胸を熱くさせる光景です。
【ナンシー久美とダンプ松本】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ナンシー久美とダンプ松本はプライベートでも不仲だったのですか?
A1:不仲ではありません。リング上では激しいベビーフェイス対ヒールの抗争を展開していましたが、控室やプライベートでは後輩思いのナンシー久美さんと、先輩を深く尊敬するダンプ松本さんという良好な信頼関係が築かれていました。
Q2:ドラマ『極悪女王』で描かれた全女の上下関係は実話ですか?
A2:大筋において当時の過酷な実情を反映しています。移動中のバス座席のルールや合宿所での厳格な規律など、昭和の全女における縦社会の厳しさはプロレス界屈指でした。その中でナンシー久美さんは後輩に対して理不尽さを押し付けない良き先輩として慕われていました。
Q3:ナンシー久美さんの現在の活動状況はどうなっていますか?
A3:2026年現在もプロレス界のレジェンドとして各種メディア出演やトークショー、往年のファンとの交流イベントに登場しており、元気な姿を見せています。
まとめ:激動の昭和女子プロレスを駆け抜けた二人の誇り
ナンシー久美さんとダンプ松本さん――アイドルと悪役という対極のキャラクターで時代を席巻した二人は、昭和女子プロレス黄金期という激動のリングを命がけで支え合いました。
壮絶な激闘の裏にあったのは、確執ではなくプロとしての誇りと深い敬意です。時代が令和からさらに進んだ今もなお、彼女たちが築き上げた女子プロレスの熱量は色褪せることなく、世代を超えて語り継がれています。 (出典: ナンシー 久美 ダンプ 松本(Yahoo!ニュース))