『キングダム』趙の将軍一覧!三大天の強さ序列と生死・史実結末
秦国の中華統一において、幾度となく信や王翦たちの前に立ちはだかってきた最大の宿敵「趙国」。作中屈指の智将である李牧をはじめ、規格外の武力を誇る猛将たちが次々と現れ、秦軍に壊滅的な打撃を与え続けています。
中華を揺るがす「三大天」の新旧交代劇から、番吾の戦いで猛威を振るった青歌城の将軍たち、そして物語の影を握る腹心たちの正体まで、趙軍の戦力は底が知れません。本稿では、趙国の歴代将軍一覧や強さランキング、各武将の最新の生死状況に加え、史実に記された李牧たちの壮絶な結末を徹底的に紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:新旧「三大天」の変遷と、司馬尚・李牧を中心とした現体制の戦力構造を網羅
- 要点2:舜水樹の出自や青歌城(楽彰ら)の精鋭幹部、扈輒が平陽で敗れた要因を詳細分析
- 要点3:最新の生死ステータスと、史実に基づく李牧の処刑・趙国滅亡へのカウントダウンを解説
【趙の将軍一覧】新旧「三大天」メンバーの変遷と圧倒的武威

趙国の軍事力を語るうえで欠かせないのが、中華全土にその名を轟かせた象徴「三大天」の存在です。昭王時代の秦国「六国王(六大将軍)」と激しい覇権争いを繰り広げた旧世代から、李牧が再結成した新世代へとその看板は受け継がれています。
かつての旧三大天は、圧倒的な武勇と統率力を誇った廉頗(れんぱ)、神がかり的な軍略で知られた藺相如(りんしょうじょ)、そして閼与の戦いで秦の猛将・胡傷を打ち破った趙奢(ちょうしゃ)の3名でした。しかし藺相如と趙奢の病死後、廉頗は暗君・悼襄王との確執によって趙国を追放され、魏、楚へと亡命を余儀なくされます。実質的に旧三大天の時代はここで幕を閉じました。
その後、中華を震撼させる智謀で台頭した李牧が新三大天の筆頭として君臨。「武神」と称された求道者龐煖(ほうけん)を武の象徴に据え、長らく空席だった最後の1席には、青歌城に隠れ住んでいた大物司馬尚(しばしょう)が着任しました。この新旧の武将たちが織りなすドラマこそが、趙軍の分厚い選手層を物語っています。
【最新序列】趙軍最強将軍ランキング!武力と智謀が際立つ猛将TOP5

数々の死闘を繰り広げてきた趙国の将軍たちのうち、総合的な脅威度や戦術眼、個の突破力を基準に選出した最強ランキングを公開します。
1位:李牧(りぼく)
名実ともに趙軍の総司令官であり、中華屈指の知略家。王騎や麃公、桓騎といった秦の錚々たる大将軍を策殺に追い込んだ実績は圧倒的です。軍略だけでなく、自ら刃を振るって敵を討ち取る高い剣術も備えています。
2位:司馬尚(しばしょう)
青歌城の城主にして新三大天の一角。大矛を一閃させて巨漢武将を吹き飛ばす規格外の武力と、味方の士気を極限まで引き上げる王の器を併せ持ちます。番吾の戦いでは秦軍中央を単独で突破する驚異の突破力を見せつけました。
3位:廉頗(れんぱ)
旧三大天の生き残り。戦場における野生の勘、百戦錬磨の統率力、そして老いてなお衰えぬ一騎打ちの強さは怪物級です。趙国を離れた後も、山陽の戦いで信や蒙驁を極限まで追い詰めました。
4位:龐煖(ほうけん)
「武神」を自称した純粋な武の求道者。軍を率いる統率力こそ皆無ですが、単独の殺傷力と威圧感は作中最高峰。劇辛や王騎を葬り去り、朱海平原で信と命を削り合う死闘を演じました。
5位:馬南慈(ばなんじ) / 楽彰(がくしょう)
「雁門の鬼神」の異名を持ち、重厚な破壊力と突進力を誇る馬南慈と、青歌軍の筆頭として知勇をハイレベルで兼ね備える楽彰。戦局を決定づける副将クラスとして双璧をなす存在です。
青歌の怪物「司馬尚」と配下の実力|青歌軍が最強と呼ばれる理由

長年、邯鄲の中央政府を嫌って隠遁していた司馬尚ですが、その実力は六大将軍に匹敵します。彼の強さを支えているのは、単なる個人の武勇にとどまらず、彼を心から慕う「青歌(せいか)」の結束力にあります。
青歌軍の幹部陣は、中央の将軍たちを凌駕する実力者揃いです。
- 楽彰(がくしょう):青歌軍の知恵袋であり前線指揮官。武力・知略ともに隙がなく、飛信隊や玉鳳隊と互角以上に渡り合う実力派。
- 上和龍(じょうかりゅう):類まれな剛力を誇る武闘派将軍。先陣を切って敵陣を粉砕する突破役を担う。
- カンサロ&ジ・アガ:司馬尚の忠実な側近として抜群の連携を誇り、前線に絶対的な安定感をもたらす。
彼らは中央の命令ではなく「司馬尚のために命を懸ける」という強固な意志で結束しており、この精神的な強靭さが青歌軍を趙国最強の軍団たらしめています。
李牧を支える趙軍中核幹部の正体|舜水樹の謎と歴戦の側近たち
李牧の緻密な罠を具現化するのが、側近たちの現場指揮能力です。なかでも異彩を放つのが、白髪の青年将校舜水樹(しゅんすいじゅ)です。
舜水樹は北方の匈奴討伐戦で李牧に見出された経歴を持ち、匈奴の言語を操るなど出自に多くの謎を残しています。橑陽の戦いでは犬戎族を巧みに手なずけて楊端和軍を兵糧攻めで追いつめるなど、冷徹かつ柔軟な謀略を得意とします。
また、雁門時代からの李牧の片腕である馬南慈(ばなんじ)は、強烈な一撃で敵陣を粉砕する趙軍の切り込み隊長です。さらに、身軽な体術を駆使する傅抵(ふてい)や、李牧の身辺警護を一手に担うカイネなど、李牧への絶対的な忠誠心で結ばれた幹部陣が秦軍の侵略を強固に防ぎ止めています。
一方で、かつて「趙の守護神」と呼ばれた総司令官扈輒(こちょう)は、平陽の戦いで桓騎の奇策に屈しました。圧倒的な兵力差がありながら、自身の本陣の守りを過信し、桓騎の潜伏・奇襲戦術を見抜けなかったことが痛恨の敗因となりました。
【生死状況まとめ】討死・現役・亡命武将の現在地一覧
激化する秦趙大戦の中で、多くの名将が命を落としました。主要武将の現在の生死ステータスを整理します。
【討死した武将】
・龐煖:朱海平原の戦いにて、信との一騎打ちの末に討死。
・扈輒:平陽の戦いにて桓騎軍の奇襲を受け自刃。
・慶舎:黒羊丘の戦いにて信に討たれる。
・万極:合従軍編(函谷関)にて信の刃に倒れる。
・岳嬰・趙峩虎・金毛:朱海平原の戦いにてそれぞれ戦死。
【現役で抗戦中の武将】
・李牧:趙軍総司令官として防衛戦を指揮。
・司馬尚:青歌軍を率い、新三大天として前線に君臨。
・舜水樹 / 馬南慈 / 傅抵 / カイネ:李牧直属の将として各地を転戦。
・楽彰 / 上和龍 / カンサロ:司馬尚の配下として秦軍主力を迎撃。
【亡命・離脱した武将】
・廉頗:魏国を経て、現在は楚国に亡命・滞在。
【史実の最後と結末】李牧の壮絶な処刑と趙滅亡へのシナリオ
『史記』をはじめとする歴史書には、趙国の行く末と李牧の残酷な最期が明確に記録されています。
史実において、李牧と司馬尚は秦の名将・王翦の軍勢を完璧に防ぎ続け、秦は武力での趙攻略を断念します。そこで秦が取った策が「離間の計(りかんのけい)」でした。秦は趙の悪名高い佞臣・郭開(かくかい)に莫大な賄賂を贈り、「李牧と司馬尚が謀反を企てている」と趙王(幽繆王)に讒言させたのです。
愚かな趙王はこれを信じ込み、軍権の返上を拒否した李牧を捕らえて処刑。司馬尚は身の危険を察して逃亡・免職となりました。趙国を支えていた二大巨頭を自らの手で排除した趙軍は脆くも崩壊し、李牧の死からわずか数か月後、王翦によって王都・邯鄲は陥落。紀元前228年に趙国は滅亡を迎えます。
作中で李牧がどれほど知略を尽くしても、祖国の腐敗した王室によって破滅へと向かわざるを得ない悲劇的な宿命が待ち受けています。
【キングダム 趙 将軍】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:新三大天の最後の1人は誰ですか?
A1:李牧、龐煖、司馬尚の3名です。龐煖が戦死した後は実質2名体制となっており、現時点で新たな3人目の任命は行われていません。
Q2:司馬尚は史実でも実在した人物ですか?
A2:実在した武将です。史実でも李牧とともに王翦軍を迎え撃ち、秦を苦しめました。李牧が処刑された際に免職となり、その後の消息は途絶えています。
Q3:廉頗が趙に戻って戦う可能性はありますか?
A3:史実において、趙王が廉頗を呼び戻そうと使者を送る逸話がありますが、郭開の妨害工作により復帰は叶いませんでした。作中でも楚国にとどまったまま生涯を終える展開が濃厚です。
まとめ:秦国最大の障壁・趙軍の行方と今後の注目ポイント
信や王翦にとって、常に絶望的な壁であり続ける趙の将軍たち。李牧の緻密な軍略と司馬尚の圧倒的な武威は、中華統一を目指す秦軍に今なお最大の犠牲を強いています。
しかし、戦場での圧倒的な強さとは裏腹に、背後には趙王室の腐敗と謀略の影が確実に忍び寄っています。最強の武将たちが戦場でどのように散り、歴史の荒波に飲み込まれていくのか。今後の物語の展開から目が離せません。 (出典: キングダム 趙 将軍(Yahoo!ニュース))